ポルトガルの首都リスボンで200年前に生まれた大衆音楽ファドを日本とリスボンで活動するファディスタMACHAKO(浅井雅子)が楽しく紹介します。浅井雅子のウェブサイトはこちら。http://www.machakocanta.com/


by MACHAKO

私の考える 声の色 多種多様

日曜日のマヌエルライブで
がらがら声の私は皆さんの席に挨拶にまわって事情説明し、
謝っていました。

女性四人組お客様が
「わかりますよ。普段と全然声違うこと」
というので

?@&? という顔をしたところ

「浅井さんのyoutubeをさんざん見てから来ましたから」
と笑顔でおっしゃってくださる女性。

マヌエルさんのWebから私のWebにとんで
そこから色々な動画をたくさん見て
会いに来てくださったそうなのです。。。

こうやって動画からわたしに会いに来てくださる方が少しずつ
増えているのを去年から感じます。

「CHUVAっていう歌が何度聴いても良くて、、、」
と。

そのCHUVAはその日、曲順的にも

一曲目に演奏することが出来ました。

色々なファドの出会いとか
運命的に
だから今日はこの曲なんだなって思わされる出来事が溢れています。

決して偶然ではなく、すべて
本人が
望んだからそうなっている。と思います。

いつもライブで
「Foi deus」(それは神様だった)
が聞きたいと言ってくれるお客様が
その日最後に歌った、その曲で

私が絞り出した声に

新しい哀愁が見えたよ。と言ってくれ、
またこの歌を聞きたいと
言ってくださり。

そうやって自分に大事なことを教えられ、
ファドから教えられ、
相手に何か心のどこかに大切なものを落とす。

一曲はとっても大事なものです。
それを作り上げるのは自分だけじゃ決してできず。

自分の経験や心の中にあるもの。
演奏者と、お客様が求めている何か、と
そこにある空気感が作り上げるもの。

私は、古い思い出や
懐かしい人、
そういうものに触れ、憧れ慈しむ愛しい瞬間は
間違いなくファドを歌っているときにはあり。

また、
サンバを演奏している時には

どうか、永遠にこの喜びが続きますように、と心底に空に叫び祈ることができ。

まだまだ足を突っ込んでいるだけの状態ですが
フラメンコを歌うときは、どうしようもなく
突き動かされる鼓動というか
うまく説明できないけど。

自分の中にあるもの。が何か丹田辺りから
新しく生まれて出てくるような力を感じています。
まだ見ぬ、何かです。

それぞれに歌いながら体や心の反応が違い。

発声も変えています。

基本的な体は一つなんだけど。
声も一つなんだけど。

そこは、
違う、と思っています。

だから
人にも

あなたはこういう人だから
これが似合うから

と決めていくことはしたくなく。

人はひとつだけど

持っているもので変わっていける。

出し入れも自由で、表現も多様と
信じています。

もちろん
これをやってはいけないというものがあります。

しかし幅を持っておくことで
役に立つことが少しずつ見えてきていますので、
自分自身でもっと掴めてきたときに
楽しく発声も説明できたら面白いかと思います。

私は歌い手は私一人という形でライブ展開をすることが
ほとんどなので
15曲くらいは毎回歌うのもあり、
こういうことを自然に考えはじめて実践しています。

リスボンのファドの現場では、一晩に一人4曲も歌えば
もうそれで、とっても凄いことなので、
考え方は変わるんでしょう。

色々なスタイルでそれぞれが展開できる音楽の
世界を体感したいです。


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by machafado | 2015-02-24 11:34 | ファドへの想い